*神様なアリババくんと学生な白龍くん






石畳の道を歩き、穏やかな風に髪を遊ばせる。木々が生い茂る奥まった場所に足を落ち着けた。スゥッと軽く空気を吸い込みゆっくりと吐き出す。それから静かに手を合わせ、頭を下げた。果たしてここに訪れるのは何度目か…白龍は飽くことなく毎日足を運んでいる。


――強くも優しい彼女に恋をしてから




しばらくジッと祈願してから白龍は帰ろうと足元に置いたカバンを持ち上げる…と、


「毎日毎日熱心なヤツだよなぁ」


突如頭上から聞こえた声に驚いて慌てて顔を上げると、拝顔していた祠の傍らに根付く大木の上に少年がいた。呆然と少年を見上げていると、ふいに目が合った少年の眉間に皺が寄せられる。


「…なあ、もしかして俺のこと見えてる?」


言っていることが理解できずに何とも返せない白龍に焦れたのか、少年が大木から飛び降りた。高い場所から急に飛んだ彼に反射的にカバンを放り出し、受け止めようと手を伸ばした。が、なんとその少年は白龍の手が触れる寸前に空中で止まった…つまり“浮いた”のだ。目を見開いたまま固まる白龍を笑いながら、少年は少し離れた場へと静かに降り立った。


「あ、あなたは一体、」
「何言ってんだよ」


処理しきれない出来事に目を白黒させる白龍の言葉を本当に可笑しそうに笑い飛ばす金色の少年。



――― 毎日俺に祈りにきてるくせに






***



少年は名をアリババと言った。小さな祠の主であるという彼は縁結びの神様らしい。確かにその縁結びの神様を頼って毎日足を運んでいた白龍であったが、そんな突拍子もない話に素直に肯ける訳もなく。しかし今日まで祈願してきた内容をつらつらと述べられ、真っ赤になりながら認めるしかなかった。それは確かに白龍が祈った幾つかの願いであり、心中でしか浮かばせなかったソレを立ち聞きされる可能性など万に一つも無い。自身の秘め事を簡単に暴かれて、あまりの羞恥に白龍は地面に崩折れる。ブルブルと体を震わせる姿にアリババも流石に悪いと感じてしゃがみこみ、窺うように謝罪を繰り返した。


「あ、でも俺お前にしか見えねぇから」


だからお前の願い事とか漏れる心配ないから。だから大丈夫っていうかえーっと…とりあえずごめん。
眉をへにょりと下げて申し訳なさそうにするアリババの言葉に俯けていた顔を上げる。


「俺にしか…?」


うん、と一つ頷く彼に戸惑った視線を投げ掛けると苦笑された。


「そもそも何でお前に見えるのかも分かんねぇし」


今までこんなこと無かったのになぁと弱々しく呟くアリババに、何故そんなに悲しそうな顔をするのかと。彼にはそんな表情は似合わないと白龍は心の片隅でそう思った。


「まあたまにはこういうこともあるよな」


お前は知らないだろうけど此処も昔はもっと大きくて立派だったんだぜ、と懐かしむような声に白龍は心臓の奥が痛むのを感じる。寂れた空間に小さな祠。確かに他に人が居るのを白龍は見たことが無い。…けれど白龍は此処が好きだ。いつだって清浄な空気と静けさが満ちる美しい場所。だからこそ此処の主であるアリババにそんな顔をして欲しくは無かった。


「ご存知でしょうが俺には今好きな女性がいます」


急に告げられた内容にキョトンとするアリババ。白龍は更に続ける。


「ですから俺はどんな形であれ、この想いが終息するまで此処に通うつもりです」

(だから、)


そこで口ごもる白龍の意を汲み取ったアリババは切なげに一度目を伏せ、どこか泣きそうに…けれどこの上なく嬉しそうに笑った。



「ありがとな、白龍」


初めて呼ばれた自身の名が身の内で反響する。神様だからか…それともアリババだからか。自分の名前がとても特別なもののように感じた瞬間だった。それは恋い慕う彼女の時のように跳ね上がり高揚する感覚とは違って。じんわりと広がり染み入るような、そんな柔らかく優しい感覚で。揺れ動く自身の瞳に映る金色に、また内側で小さく波紋が広がった。照れくさそうに、けれど真っ直ぐに白龍と向き合うアリババはそっと手を差し出した。ややあってから白龍も手を差し出し、アリババの手を握る。見えるけど触れられるのか、そもそも神様に触れて大丈夫なのかバチは当たらないのか。ぐるぐると巡っていた考えが、アリババに触れた瞬間霧散した。人間とそう変わらない感触に安心しつつも、人間では感じない清浄で穏やかな空気が体内に流れ込んでくる。


「これからもよろしくな」
「……はい、こちらこそ」


光に愛された金色の神様が笑う。白龍は楽しそうに笑うアリババにつられて唇を引き上げた。ああやっぱり彼には笑顔のほうがずっと似合うと。










風が木々を揺らし、木の葉をまるで花弁のように散らしていく。それはまるで二人の出逢いを祝福しているかのように、美しく流れていった。